八百屋の店員に「ボンノットなら5月にまたきて…」と言われました。
探していたのは世界最高級でジャガイモ界のキャビアと呼ばれる「ボンノット(La Bonnotteラ・ボノット)」。フランス西岸のノワールムーティエ島で栽培される希少品種のジャガイモです。
皮が薄くて繊細で、収穫も10日程度のうちに手摘みしなければなりません。1キロ数万円という相場を知っていたなら、季節外れに聞いてみようとは思わなかったでしょう。少し恥ずかしい観光客です。
一方で、この島はジャガイモよりもむしろ塩の名産地として知られています。近郊にあるゲランドという町も数少ないフランスの天然製塩所です。
両者の伝統製法の原理は極めて簡単。海水を塩田に引き入れて太陽と風で蒸発させます。海水が飽和状態になって水面に最初のフルール・ド・セルの粒が結晶化してくると収穫はまもなくです。
収穫は夏から秋にかけて行われます。全てスコップや竹の棒を使った手作業で行われ、地形や潮汐を熟知した塩職人が経験と勘で収穫期を見極めます。
収穫後は、冬が来る前に塩田を整備し、春はまた海水を入れるために手入れをします。冬の間は野鳥たちのパラダイスです。
ゲランドの方が世界的に有名で、フルール・ド・セル(塩の花)の聖地とも言われ、塩田も管理されていて勝手に足を踏み入れることはできません。一方のノワールムーティエ島はすぐ近くにあるにもかかわらず、あまり組織化されておらず、島の大半にただただ塩田が広がり、各業者がそれぞれで塩を販売しています。こちらの方が明らかに牧歌的です。
現代において、伝統製法による塩造りはむしろ文化としての側面が強く、手作業に頼るものだけあって価格は高めです。しかし、伝統製法の塩の味は産地によって異なり、独特の旨味があり、ワインなどと同じように好みや適性があるように思います。
島の名前は、ノワールが「黒」、ムーティエは「修道院」となるので、「黒い修道院の島」といったところです。昔、黒い石材でできた修道院があったとか、黒衣をまとっていたというベネディクト派の修道院だったとか説がありますが、今は修道院はありません。いずれにしても、この島はフランス人に言わせると、派手でも便利でもないけれど、「ここはまだフランスのまま…」と感じられ心が休まるのだそうです。少し能登半島に似ている気がします。白い壁に青い雨戸の貸別荘が軒を連ねる砂浜ビーチは、夏ともなれば激混み間違いなしです。
ちなみに、この島にはもう一つ面白いネタがあります。
本土からこの島に渡る約4キロ近道は、1日に2回海の中に消えてしまうのです。もちろん今は橋があるので、回り道すればいつでも島と本土の行き来はできますが、干潮の前後1.5時間は、本土を大周りをして橋を渡らずに島へ行くことができるのです。当然、近道を使いたい人は少なくありません。しかし、本土と行き来の多い島の人は潮見表の確認が日常になっているかもしれませんが、観光客はそうもいきません。途中で渡り切れなくなった人のための救助塔があり、救助隊を呼ぶことができるのだそうです。この小さな島ならすぐに知られて、「これだから観光客は困る…」と苦笑されることでしょう。
ノワールムーティエ島は原石のような島でした。フランスらしさを感じたいなら、パリの美術館をはしごするより、塩田でゆっくりと流れる時間を楽しむのが真のフランス流かもしれません。
※写真はゲランドの塩田です!
(Y.A.)